「お父さんはあまりよく思ってなかったようだけど、会社の上司だから……」と、参列のご案内をする。これが「建前」です。そして「○○君とはソリが合わなかったが、仕事はよくやってくれた。気は進まないが、手を合わせないわけには……」と葬儀場に出向く。これが「義理」です。お互い感情としては「渋々」、大人としての務めを果たしたという程度の気持ちだろうと思います。
このような義理と建前は、葬儀の場でもよくあることです。挨拶もそこそこに足早に立ち去っていく参列者に、場の雰囲気が白々しくなってしまう。そのような経験をされたことがある方は、少なくないのではないでしょうか。
そして究極の建前は、宗教者へのお支払い=お布施ではないでしょうか。お布施は心づけなので金額的な基準はありませんが、宗教者によっては金額を指定してくる場合があるとか。また、戒名は長くなるほど値段が上がる傾向があり、数千万円単位のお金を提示されたという話も聞きます。「ありがたい名前だから」というのが理由だそうですが、さすがにこれは……と眉をしかめてしまいます。夜とぎなどの慣習が消えていく一方で、このようなおかしな感覚が残っているのも、現代葬儀の現実なのです。
しかし、この義理と建前という観念は、日本人の美徳ともされているもの。そう簡単に捨てられるものではないと感じる方もいるでしょう。ですが、心のこもった葬儀を行いたいのであれば、、勇気を持って断ち切ることをおすすめします。身内だけで故人を囲む時間というのは、想像以上に素晴らしいものです。